不動産営業を辞めてスタバでバイト

脱サラ(元住宅営業マン)してスタバでアルバイトした体験を綴ります。

常連(ファン)を生み出し続けるスターバックスは何をしているか。

「いつものください。」

 
 
そう注文する男性客の〝いつもの″は『ダブルトール エキストラホット ラテ』だ。

と言っても、何のこっちゃ分からない人も多いと思う。
これはスターバックスの店員がレジで受けた注文をBARに短縮して伝えるときに使用するコーリング(合言葉)だ。
ネット上では「スターバックスコーリングは、まるで呪文のようだ」と密かに騒がれている。
 
ちなみにこの注文は、通常1ショットしか入らないエスプレッソを2ショットに変更し、通常より10℃熱めにスチームしたミルクを注いで作るメニューにないカフェラテのこと。
 
まあ簡単に言えば、熱くて濃いカフェラテだ。
この方は、その味を好んで毎日買いに来てくれる。
 
 
他にも、窓際席で新聞を読む中年男性は、いつもマグカップを指定してコーヒーを飲む。
 
「カフェインレスで抽出して欲しい」と、たった1杯のコーヒーにいつも10分も待ってくれる外国人。
 
 
 
更に自前のタンブラーを持参し、淹れたての熱々コーヒーにいつも氷3粒の追加が欠かせない猫舌の年配女性。
 
そして僕がおすすめした〝オールミルク″抹茶ラテを気に入り、いつもリピートしてくれる近所のオフィスに勤めるOLさん。
 
 
こうした常連さんたちは、それぞれの「いつもの」を買いに来てくれる。
いや「いつもの」を共有できる特別な空気感を買いに来てくれるんだと思う。
 
 

〝いつも″と違う注文は、お客様をもっと知るチャンス

 
ある常連さんは、レジの前で注文を口にせず黙って立ってこっちを見ている。
この方には僕から「いつものですね。」と簡単に確認を取る。
 
いつもの『フォーヒア クアトロ with 氷水』
 
毎朝一番に来店され、店内(for here)でエスプレッソ4ショット(クアトロ)を一気に飲み干してから出勤していく。
そして彼は必ず氷水を一緒に注文することを僕らは知っている。
 
だからお店の自動ドアが開き、その姿を確認した瞬間に僕はもう注文をレジに打ち始め、ほぼ同時にもう一人のパートナーは既にBARでエスプレッソを落とし始めている。注文から提供に掛かる時間は、おそらくどの店のどの人よりも最短じゃないだろうか。
 
でも、もしその人が別の注文をしたらどうするの?
例えば「オレンジジュース」を頼んだら。
 
それは、もう作り直すしかない。
 
だけど、いつも4ショットのエスプレッソを注文する人がオレンジジュースを注文するなんてどうかしてる。
 
エスプレッソとオレンジジュースなんて、真逆の飲み物と言ってもいいだろう。
レッドブルと味噌汁くらい違う。
 
 

そこには、きっと何か理由がある。

 
こうした〝いつも″との違いは、お客様からのメッセージと受け取った方がいい。
この感覚はお客様との関係性を深めるうえでとても重要で、相手をもっと知るチャンスだ。
お客様はわざと変化球を投げ、もっと自分を知ってほしいと思っている。(と思い込むことが大事さ。)
 
ある朝、お客様に
「あれ?今日はいつもと違うご注文ですね。どうされました?」と聞くと、
 
「実はちょうど今、夜勤を終えたところで疲れてるんだよね。帰ったらすぐに寝たいから今日はコーヒーじゃないんだ。」そう答えてくれた。
 
このとき『いつも出勤前に立ち寄ってくれるお客様』というのがこちらの勝手な思い込みだったことに気付く。
 
注文が、
1.コーヒーのときはこれから出勤。
2.コーヒーじゃないときは、夜勤明けでお疲れ。
 
この2つの情報を知るだけで、他の店の従業員にはできない会話ができるようになる。
この瞬間、お客様にとって更に特別なお店へと変わる。
 
そのためにも「いつもの」を把握し、いつもとの違いにも敏感に反応しなければならない。
 
 

マニュアル化されたサービスの限界

 
「この店にとって自分は特別な存在だ」
そうお客様自身に感じてもらえれば、きっとまた明日も来てくれる。
 
以前の記事にも述べたが、スターバックスの経営には常連客の存在が欠かせない。
社内では常連客を「ロイヤルカスタマー」と称し、会社にとって特別な存在として位置付けている。
 
さて、こうしたロイヤルカスタマーはどのようにして生まれるか。
 
徹底したサービスマニュアルでお客様をおもてなしすれば良い。
厳格な経営者はそう考えるかもしれない。
社長自身が「こういうサービスを受けると満足」というものを従業員にも求めるだろう。
 
ただそれがどんなに良いサービスだとしても、毎回同じではいつ飽きられても不思議じゃない。
 
「あ。この人は、他の人にも同じことを言っているんだな。」と気付かれる瞬間が必ずやってくる。だからきっとそのうち来なくなる。そう考えた方がいい。
 
そこで『マニュアル化されない接客』の存在が、とても大きな役目を持つ。
 
何度も言うように、ロイヤルカスタマーになってもらうには、お客様が「自分は特別だ」と感じられるような接客が必要だ。
 
「自分にとって特別な店」ではなく「店にとって自分は特別」と感じられる。
なんだか分かりにくいかもしれないけれど、この微妙な違いがめちゃくちゃ大切だと思う。うまく説明できない。
 
 

スターバックスのマニュアル

 
もう少し詳しく話そう。
 
まず、スターバックスにもマニュアルは存在する。
最高品質のドリンクを提供するためのレシピや手順、お客様の待ち時間を減らすための連携(フォーメーション)や、効率的な資材の配置場所など。
できる限り最高の状態でお客様をお迎えするために必要な決まり事があり、それはどのお店にも均一化され守られている。
 
また接客についても、よそよそしさを感じる「いらっしゃいませ」や、過去形の「ありがとうございました」は禁止されており、必ず親近感のある「こんにちは」や、再来店を期待する「ありがとうございます」を言う決まりになっている。
 
これがスターバックスで行われている均一化されたサービスだ。
 
しかし、ロイヤルカスタマーになってもらうためのサービスや応対マニュアルなどは無い。そこは各個人の裁量に任されている。
 
もちろん料金を値引きしたり、追加料金なしで無償提供するなどとは全く異なる。
 
 
例えば、ロイヤルカスタマーのなかには実際にこんなお客様がいる。
 
その方は来店当初から「ショートサイズ(一番小さい)のコーヒーにミルクをたっぷり入れて飲みたい」という要望を持っていた。
 
だからコーヒーを受け取ったあと、ブラックのままいくらか飲み(もしくはこっそり捨て)ミルクの入るスペースを作って飲んでいた。
 
 
 
もちろんそうした要望があると始めに言ってくれれば、店側も何かしらの対応ができる。
 
しかし何も言ってくれなければ、レシピ通りカップ一杯までコーヒーを注いで提供する。むしろちょっとでも量が少ないければ、それを不満に感じる方の方が多いと思って行動するだろう。
 
これは初めて(もしくは数回)来店した人との一般的なやりとりだ。
間違ったことは何一つしていない。
 
 
少し話が逸れるが、スターバックスは初来店のお客様にも十分過ぎるサービスを提供してると思う。(今は従業員になったのでただの自画自賛になるかもしれないが、ここで働く前は只の〝いちスタバファン″だった男の意見として聞いてほしい。)
 
知っている人も多いと思うが、スターバックスではミルクをセルフサービスで好きなだけ入れて飲める。つまりミルクは無料。きっと何も注文せず、こっそりミルクだけ飲んで帰っても分かりゃしない。
 
また、普通の砂糖の他にダイエットシュガーや蜂蜜まで用意してある。もし希望があれば甘いドリンクに使用するキャラメルソースやチョコレートソースだって、なんと無料で追加することができる。
 
そして自慢のコーヒーについても全く妥協していない。
豆を挽いてから必ず24時間以内にドリップし、それを必ず60分以内に提供する。
その期限を過ぎた豆・コーヒーは容赦なく処分される。
 
だから、その品質の高さは飲めば誰でも分かる。
 
こうした誰にでも均一なサービスはマニュアル化されているが、ほとんどの人はこれで十分満足するだろう。このサービスを求めて、時々足を運びたいと思ってくれるだろう。
 
しかし、ロイヤルカスタマーとの間には大きな違いがある。
それが「特別感」だ。
 
マニュアル化したこのサービスで、お客様は特別感を得られるだろうか。
周りを見渡せば皆がそのサービスを受けている。そこに特別感はない。
 
 

マニュアル化できないサービスとは

 
ここで「察する力」に触れておきたい。
ロイヤルカスタマーの誕生には、この力が欠かせない。
 
もし相手がその要望を口にしなくても、2度、3度と来店してくれれば、僕らにはそれをキャッチする機会が与えられる。
しかも2度、3度来店してもらえるサービスは、既にマニュアル化されている。
 
あとは、それに飽きられるまでの数少ないチャンスをどう生かすかだ。
 
さっきの『コーヒーにたっぷりミルク入れたいお客様』
 
いつも決まって注文後にミルクを入れる様子がレジから見て取れた。そのために熱々のブラックコーヒーを無理して少し飲んでいる。
 
「あ。ミルクをたくさん入れて飲みたいんだ。」
 
そう相手の抱えるニーズを読み取ることができれば、オリジナルの提案へと繋げられる。これがマニュアル化されない接客だ。
 
「お客様、いつもありがとうございます。もしよろしければ、同じ分量のコーヒーをワンサイズ大きめのカップでご提供しましょうか。」
 
この提案をお客様は喜んでくれた。
 
まず、たった数回立ち寄っただけの自分の存在を認知してくれていることに驚き、更に密かに抱え込んでいたニーズを察知した解決案に2度驚いてくれた。
 
 
それ以来「ショートサイズのコーヒーをトールサイズ(大きい)カップでよろしく。」が、その人のいつもの注文になった。
 
全員に同じことは提案できない。
ドリンクのサイズに応じたカップを使用することは、マニュアルでの決まり事だから。
しかし相手にそうしたニーズがあると察したなら、決まり事は決まり事ではなくなる。
 
そして、察する能力やその観点は従業員それぞれの個性によって異なる。
それがマニュアル化されない…というより、マニュアル化できない接客だ。
 
そしてお客様は自分オリジナルの「いつもの」が通じる感動、満足感を求めて通い続けてくれるようになる。それがロイヤルカスタマーだ。
 
もちろん初対面の相手にだって、質問を巧みに繰り出すことで、相手の口から要望を聞き出すことはできる。
しかし本当にお客様の心を掴むには、その要望を口にさせてしまう前に、先回りして提案することだろう。
そのために行動をよく見て、相手の気持ちを「察する」ことが求められる。
 
「お店にとって自分は特別な存在」
 
お客様には是非、そう思って来て欲しい。
それが多くのスターバックスで働くパートナーの気持ちだろう。